マリア・ネポムセノ
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©Maria Nepomuceno |
場所:nca | nichido contemporary art
会期:2024年5月31日(金)- 7月6日(土)
*営業時間:火 – 土 11:00 - 19:00 (日・月・祝日休廊)
オープニングレセプション:5月31日(金)17:00 - 19:00
*オープニングに合わせ、作家が来日いたします。
<トークイベント開催>
出演者:マリア・ネポムセノ × 飯田志保子 (キュレーター)
モデレーター:ペドロ・エルバー
日時:5月30日(木) 18:00 - 19:30 (17:30~開場)
会場:駐日ブラジル大使館 B1Fオーディトリアム
協力:駐日ブラジル大使館
お申込み:マリア・ネポムセノ個展 / トークイベント (google.com)
nca | nichido contemporary artは、ブラジル人アーティスト、マリア・ネポムセノによる日本での初個展、「Nasci de uma flor / 私は花から生まれた」を開催いたします。
マリア・ネポムセノはブラジルの伝統工芸にインスピレーションを得て、カラフルな糸やビーズ、ユニークなセラミックフォーム、拾ったオブジェを組み合わせ、有機的な彫刻やインスタレーションを制作する独自の技法を開発してきました。リオのカーニバルを想起させるような鮮やかで豊かな色彩で表現される作品は、ブラジルの文化や風習、自然環境、動物などミクロからマクロに至るまでさまざまなものを示唆しています。ネポムセノの自由で流動的、有機的な形態が空間を覆い、時に共感覚を触発します。近年はブラジル北部のアクレ州に住む先住民族フニ・クインの人々と協力して織物の技術を開発するなど、地域のコミュニティーに入りフィールドリサーチを通したプロジェクトも多く行っています。
本展のために制作した最新作11点を一堂に発表いたします。
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マリア・ネポムセノ――生命の喜びとしての母型
複数の糸で編まれた紐にビーズ、陶、樹脂、ファウンド・オブジェなど様々な要素を組み合わせて作られた、空間を覆う有機的な形態と鮮やかで豊かな色彩は、一瞥してネポムセノの作品と分かるほどに彼女の実践を特徴づけてきた。本展の立体作品《私は花から生まれた》も、床から壁、天井に至るまで伸びやかに拡張し、鮮やかな紐と編み込まれたビーズの色彩を伴ってギャラリー空間と観客を包み込む。生き物の触角を思わせる先端がまるで緩やかに拡張し続け、作品の内と外が延々と反転を繰り返すかのような動態が想像される様は、生命の原初的な姿や海の波の満ち引きを想起させる。思えば海はあらゆる生命の母体。生のみならず生命に等しく訪れる宿命としての死をも包摂し、約46億年かけてこの地球の生態系を育んできた。ネポムセノが拠点とするリオデジャネイロも数々の美しい海岸で知られている。彼女の作品はいうなれば、生命の喜びで形づくられた母型である。そこではブラジル北東部セアラ州の職人の手によって編まれた紐から伝わる、繊細な素材の息吹やうごめきのシンフォニーから、即興的で躍動感あふれるジャズセッションのような、調和を超え異形に近接したフォルムまで、音楽的な要素との親和性も感じられる。多彩な物質感と色彩が音楽的な想像を喚起し、それが再び触感覚を刺激する物質感へと還元されるように。ネポムセノによると、作品にいわゆる音楽を取り入れたことはないが、2013年にリオデジャネイロ近代美術館で行った個展の際に、共作を行った先住民族の会話、笑い声、紐が編まれる音、川の音などのサウンドを展示に取り入れたことがあるという(1)。
人類が自然と大地の恩恵によって生かされてきたことへの感謝の念と知識を認識してきた先住民族や、伝統的な工芸技術を継承する職人とのコラボレーションは、欧米中心的なモダニズムの覇権によって類型化され凝り固まった芸術の様式からアーティストを解放し、より自由でその地域に根差した実践を可能にする。こうした潮流は、例えばコタキナバルを拠点に、マレーシアの先住民族とステイトレスの海遊民族の女性の編み手たちとの共作でマットを制作するイー・イランや、カナダのノースベイを拠点に、アラスカの先住民族の間で代々継承されてきた籠や防寒着といった日用品に編み込まれた知識や儀式の営為を身体表現に転換するタニア・ルキン・リンクレイターなど、ネポムセノとは異なる国や地域で活動する同時代の多くのアーティスト間の共鳴と評価にも顕著に現れている。当初ネポムセノは単独で制作を行っていたが、新たな素材や制作経験への探求が彼女を共作へと導いた。セアラ州の紐職人とのコラボレーションは、2009年以来長きに渡る。職人たちがネポムセノの祖父と同じルーツである(2)ということも、アーティスティックな実践の探求と、人の営みに普遍的な「編む」行為の起源の探求に加え、自身のアイデンティティを探求するうえで彼女の支柱になってきたといえるだろう。そのうえに築かれた関係性は、ネポムセノが職人たちの伝統的な手仕事から新たな着想を得ると同時に、職人たちも共作の経験を経て新たな形の紐づくりを試みるなど、互恵的である。
本展では、壁面に展示された一連の作品にも目を奪われる。それらは建造物に鎮座する静的な半立体彫像としての古典的なレリーフのイメージからは程遠い。鮮烈な色彩の紐とビーズがエネルギーを放つ外殻に、表面をアクリルで覆われた木製の箱が内蔵されている。その中には幾何学的なパターンのペイントまたはコラージュを背景に様々なオブジェが配置され、鑑賞者の目を没入させる小宇宙の様相を呈している。そして《ピンクの鼻》の下方にはよく見ると人間の鼻の、《渦巻耳》には耳のオブジェが付いている。体内器官を思わせる有機的なフォルムはこれまでのネポムセノの作品にも顕著だったが、具体的な人間の体のパーツを用いたのは本作が初である。美術史の観点から見るとこの鼻と耳は、バイオモルフ的な物体の抽象画を描いたイヴ・タンギーや、男性から付与される女性性への抵抗を彫刻化したメレット・オッペンハイムといったシュルレアリストの系譜に連ねたくなるような、やや奇怪で発作的、かつ何かの事象を予見するかのような特徴を備えている。人間の生の営みに不可欠な呼吸を示唆しながら、時代と社会の息苦しさの表れか、または三木富雄の《EAR》(3)のように意味はなくとも強靭に実存を主張するものか、などと読み解きたくもなるかもしれない。だが本作においては、むしろ率直に遊び心と奇怪さを味わうべきだろう。なぜならこうした通り一遍の解釈に居心地の悪さを覚えるほど、ネポムセノの作品は快活さと共感覚を伴った見る喜びにあふれている。制作プロセスもオープンかつ即興的。事前にドローイングや設計図を描いて、その通りに遂行するようなことはほぼないという。(4)
ネポムセノは、1950-60年代にブラジルで興り、有機的な形態を用いた原初的な生の再経験や作品の空間化を重視してきたリジア・クラークをはじめとする新具体主義運動を継承するアーティスト(5)、フェミニズムの観点からはルイーズ・ブルジョワ、そして1940年代にインターナショナル・シュルレアリスムにおいて重要な役割を果たしたモダニストの彫刻家マリア・マルティンスなどの影響を受けてきた。そこからもう一歩踏み込んで彼女の実践を思索する試みとして、前述のシュルレアリスムへの補助線を引いてみたい。ネポムセノに多少なりともインスピレーションを受けているか尋ねたところ、興味深いことに彼女は肯定し、このように述べた。「観客が認識できる日用品や人体の一部などの要素を彫刻に入れる意図は、不条理な雰囲気を作り出し、それによって作品の詩的な世界を広げるためなのです。」(6)換言すれば、作品により深い次元をもたらすために現実をずらす行為でもあると考えられるだろう。文脈から切り離されたモチーフ同士の取り合わせによるデペイズマン、曲線を多用した時空間の歪みの生成、有機的かつ官能的なメタファー、裏/穴/向こう側といった「超現実」を暗喩する箱や扉や鏡などのモチーフや素材の援用は、いずれもシュルレアリストたちの常套手段であった。政治的なプロパガンダが正当化され戦争に邁進していく戦間期において、シュルレアリストたちは人の意識的な操作に抵抗する術として無意識を用いることを試みた。ネポムセノの作品の外観はシュルレアリスムの陰鬱さとは対極的だが、混迷した今日の世界情勢を浮かべると、カラフルで華やかな実践の根幹に、同じく自由な表現へのラディカルな希求が感じられるだろう。観客は、ギャラリー空間に吊り下げられたインタラクティブな母型としての《ハンモックの海》に身体を委ねながら、知らぬ間にネポムセノの作品が放つ生命感、喜び、そしてラディカルさを拡張させる媒介へと変容するのである。
飯田志保子(キュレーター)
1. 筆者とのオンラインミーティングにおけるネポムセノのコメント。(2024年3月23日)
2. 同上。
3. 三木富雄《EAR》https://www.moma.org/collection/works/81664; https://www.museum.toyota.aichi.jp/collection/miki-tomio; https://mot-collection-search.jp/shiryo/1396/参照。(最終閲覧2024年4月2日)
4. 上記ネポムセノのコメント。
5. 鈴木俊晴「作家解説」、『Blooming: ブラジル―日本 きみのいるところ』(展覧会図録)、豊田市美術館監修、武井正和(有限会社フォイル)発行、2008年、283頁。
6. 筆者とのEメールにおけるネポムセノのコメント。(2024年5月11日)
Maria Nepomuceno / マリア・ネポムセノ
1976年リオデジャネイロ生まれ、リオデジャネイロ在住
2003 - 2004 School of Visual Arts of Parque Lage, Art and Philosophy リオデジャネイロ
主な個展にInstituto Artium de Cultural、サンパウロ(2023)/ Lugar Comum、サルバドール(2022)/ SCAD Museum of Art、サバンナ(2022)/ Sikkema Jenkins & Co.、ニューヨーク(2022)/ Portico Library、マンチェスター (2021)/ Sikkema Jenkins & Co.、ニューヨーク(2019)/ A Gentil Carioca、リオデジャネイロ(2018)/ Stavanger Art Museum、スタヴァンゲル(2017)/ Victoria Miro ロンドン(2016)など国内外の多くの美術館や国際展に出展している。
主なコレクション:Catherine Petitgas Collection(ロンドン)/ グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)/ インスティテュートオブコンテンポラリーアート(マイアミ) / ホセ・オリンピオコレクション(サンパウロ)/ マガサンIII(ストックホルム)/ マラ&マルシオ ファインジルベル コレクション(リオデジャネイロ)/ Marc and Livia Straus Family Collection(ニューヨーク)/ ニテロイ現代美術館(ブラジル)/ リオデジャネイロ美術館(リオデジャネイロ)/ バイーア現代美術館 (サルバドール)/ リオデジャネイロ現代美術館(リオデジャネイロ)/ ボストン美術館(ボストン)/ ペレス美術館(マイアミ)/ ルべルファミリーコレクション(マイアミ)/ タグチ・アートコレクション(東京)他、プライベートコレクション