リム・ソクチャンリナ:WRAPPED FUTURE II2019 11.01 - 12.07オープニングレセプション:11/1(金)17:00 - 18:30 *作家が在廊いたします。
|
|
©Lim Sokchanlina |
会場:nca | nichido contemporary art
会期:2019年11月1日(金) – 12月7日(土)
営業時間:火 – 土 11:00 – 19:00 (日・月・祝 休廊)
オープニングレセプション:11/1 (金) 17:00 – 18:30
オープニングトークイベント:リム・ソクチャンリナ x 天野 太郎 11/1 (金) 19:00 – 20:30
*お席をご用意いたしますが、先着順とさせていただきます。ご了承ください。
この度、nca | nichido contemporary art (以下 nca)は、カンボジア人アーティスト、リム・ソクチャンリナの個展、「Wrapped Future II (包まれた未来 2)」を開催いたします。リムは写真、映像、パフォーマンスなど多様な手法を用い、現代のカンボジアにおける政治や経済、環境、文化的変化やその問題に焦点をあてます。
Wrapped Future IIはリムの現在進行中のプロジェクトで、ビル建設工事の際、現場を囲うために用いるフェンスを湖や渓谷、森林などの各所に運び、美しいカンボジアの自然風景を遮るように写真作品の中心に登場させています。違和感のある風景は、無機質な素材と神秘的な背景との絶妙なバランスに、次第に惹きつけられます。撮影された地域では近年、巨大なグローバル資本と様々な政治的思惑によって大規模開発の標的とされている地域です。フェンスを変化の象徴とし、リムはこれまでの地域のコミュティーや文化、自然が失われていく不穏な未来に警鐘を鳴らします。
本シリーズから映像作品と写真作品9点を発表いたします。
フェンス、あるいは齟齬の表象
工事囲い=フェンスのある風景はさほど珍しいものではない。殺風景だが、やがてフェンスは撤去されそこには真新しい建物が現代都市の風景としてアップデートされる。
一方、ここで示されているフェンスは同様の目的で設置されたものだが事情が少々異なる。こことは、カンボジアの首都プノンペンである。画面一杯に収められたフェンスもあれば、左右は空いたままのフェンスもある。フェンスはあくまでも一時的な設置であることはここでも変わることはないのだが、事情を知ればそれはまるでこちらと向こうを分断する国境にも見える。
ところで、呂宋助左衛門(るそんすけざえもん)という名前は少し歴史をかじった日本人であれば記憶している人物だろう。16世紀から17世紀にかけて活躍した大阪、堺の商人だが、恐らく最初に現在のカンボジアとの関係を作った日本人として記憶される。カンボジア、中でも現在の首都でもあるプノンペンを舞台に活躍したこの商人に触れたのは、同時期に日本人だけでなく華僑、あるいはスペイン、オランダなど貿易を目的に多くの行き来があったこと、同時に隣国、シャム(現在のタイ)やヴェトナムとの領土を巡る争いが19世紀まで続いていたことにも触れたかったからだ。カンボジアの地勢的位置付けは、そもそも古来(4世紀以降)よりインドと中国の中間的な位置と水路の要衝(プノンペンはメコン川の上下流、トンレサップ川、バサック川の四つの大河の出会う場所、すなわちチャット・ムック(「四つの川=四つの顔」の意で知られた)として認識されていた。そして、19世紀以降のフランスのカンボジア植民地化も含め現在に至るまでカンボジアの歴史が一筋縄では理解可能ではないことが、今回のカンボジアのアーティストであるリム・ソクチャンリナの作品の背景に重く横たわっている。
日本でもかつて高度経済成長の時代に多く見られた建設ラッシュを象徴するこうした風景は、言わばその国が発展を遂げつつあることを示すと同時にかつてそこにあったものが姿を消すことも意味している。何かを取れば何を失う、しかし、それ以上にカンボジア人としてのソクチャンリナの心情を複雑にしているのは、囲いの中の開発が中国からの政府開発援助、所謂ODA(Official Development Assistance)である事だ。註1)。
中国によるカンボジアへの資金的な援助については、「2015年から16年にかけて、中国は巨額の政府開発援助(ODA)を実行しており、交通インフラ、農業、エネルギー・電力、水・衛生等の分野には借款で、教育分野には無償で援助を行ってきた。その後も、2023年にカンボジアで開催される予定の東南アジア競技大会のための大規模スタジアムを建設したほか、プノンペン=シハヌークビル間を結ぶ高速道路の建設計画を担うなど、大型プロジェクトを積極的に進めている。」註2)に示す通りだが、同時に中国の政治的ポリシーの意向に沿ったカンボジアの政治的判断も見逃せない点だろう。ちなみに、カンボジア政府の担い手である人民党は、1991年に現党名に改称、マルクスレーニン主義、一党独裁を放棄している。つまり、中国との間にイデオロギー的な結び付きは見出せない。このことについては、1983年に出版されたベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』の冒頭に興味深い書き出しがあるので引用しておきたい。「いまひそかにマルクス主義とマルクス主義運動の歴史に根底的変容は起こりつつある。そのもっとも明らかな徴候は、ヴェトナム、カンボジア、中国の間の最近の戦争である。これらの戦争は、それが独立性と革命性について疑う余地のない体制同士の間で起こった最初の戦争であり、しかも交戦当事国のいずれもこの流血沙汰をマルクス主義特有の理論的観点から正当化しようという試みをなんら行なっていないという点で、世界的意義をもっている。」註3)
第二次大戦後のポストコロニアルの時代以降、さらには冷戦時代のイデオロギー対立が事実上消滅して以降、強国の一方的な支配といった可視化されやすい構造は失われ、経済協力という名の新たな“支配”が浸透し、そこには不可視の領域でのパワーゲームが展開されている。
一見変わらぬ日常の風景の背後で進行しつつある実情をソクチャンリナは敏感に嗅ぎ取り、何気ないフェンスの風景に危機的な変化を見取ろうとする。 “民主的”な手続きを一見踏みつつジワジワと浸透する経済支援という名の国家的戦略の不可視の真綿で首を絞める行為の周到さと残忍さを浮き彫りにしている。そして、それはソクチャンリナの祖国カンボジアだけではない世界の新たな“風景”として認識する必要があるだろう。
註1)「現在のカンボジアの政権を担う人民党は、1980年代にべトナムの傀儡と言われた人民革命党政権の流れを汲む。中国は、ポル・ポト派政権および三派連合(ポル・ポト派、シハヌーク派、ソン・サン派)と近い関係にあり、ベトナムおよび人民革命党勢力とは対立を続けてきた経緯がある。このため、1991年パリ和平協定後、中国はしばらくカンボジアとの距離をとってきた。カンボジア国内では、和平協定後もその後の主導権をめぐる諸勢力の対立が続き、1997年7月、ラナリット派とフン・セン派の兵力が衝突するという事件が起きた。この結果、ラナリット第1首相は失脚し国外に脱出し、事件を契機にフン・セン第2首相を中心とした体制が築かれたが、カンボジアは国際社会から孤立した。この事態に対して、中国はいち早くフン・センの立場に理解を示し支援を行った。これ以降、中国のカンボジアへの再接近が本格化する(Strangio2014;Cheunboran2017)。」『「中国化する」カンボジア』初鹿野直美、アジア経済研究所『IDEスクエア』世界を見る眼特集アジアに浸透する中国、日本貿易振興機構アジア経済研究所、2018月11月、p.1
註2)同上、p.1
註3)『想像の共同体 ナショナリズムの起源と流行』、ベネディクト・アンダーソン著、白石隆、白石さや訳、1995、リブロポートp.10
天野太郎
横浜市民ギャラリーあざみ野
主席学芸員
札幌国際芸術祭
2020統括ディレクター
高地の山風が精霊の森へと流れ落ち中心へ、そして川から海へと広がる
乾季と雨季、2つの季節をもつカンボジア特有の気候が自然風景のなかに美しい光や空気を生成する
世代から世代へと季節は移ろい、時は流れる。
痕跡や傷、記憶が今にはっきりと残るが未来は見当がつかない。
私が常に探る未来は不確かで、そして脆弱で非現実的だ。
見たものが正しいとは限らない。それは損傷か、目がかすんでいるだけなのか定かでない。
その風景は、私を少しの間孤立と瞑想状態のなかで停止させる。
私は無意識的な夢のなかで目の前の現実に混乱していることに気づく。
この現実を飲み込めない。
完璧な色とかたちの静粛な工業用フェンスを迫力ある神秘的な自然のなかに慎重に運び、設置することは非常にコントロールが難しく、思いがけない体験であった。
リム・ソクチャンリナ
本作品制作の実現のために以下の皆様からご助力いただいたことに、心より感謝いたします。
制作協力:Monor Moul / Mok Ratha
現地協力:Pat Phea Ra / Mouern Dara / Pich Heng Darith / Sok Thida / Prum Bandiddh / Koji Mototake / Yin Phanarak, Andrea Fam / Vandy Rattana
Lim Sokchanlina | リム・ソクチャンリナ
1987年 カンボジア・プレイベン生まれ、現在プノンペン在住
2010年 ノートン大学 経済学部卒業 BA (カンボジア)
主な個展: “National Road Number 5”, アートステージシンガポール(2016) / “Urban Street Nightclub”, アートステージシンガポール(2014) / “Urban Street Night Club”, SA SA BASSAC, プノンペン(2013) / “Wrapped Future”-Triangle Park (BAM), ニューヨーク (2013)
主なグループ展:シンガポールビエンナーレ(2019年11月)/ “Sunshower: Contemporary Art from Southeast Asia 1980s to Now,”高雄市美術館、台湾(2019) / “Count the waves” 東京芸術大学陳列館、東京 (2019) / “National Road Number 5”,バンコクビエンナーレ、タイ (2018) / “Wrapped Future II”, フォトプノンペンフェスティバル、カンボジア (2018) / “Sa Sa Art Project”, シドニービエンナーレ、オーストラリア (2018) / “Sunshower: Contemporary Art from Southeast Asia 1980s to Now”, 森美術館、福岡アジア美術館 (2017) / “Histories of the Future”, 国立プノンペン博物館、カンボジア (2016)
コレクション:シンガポールアートミュージアム (SAM) / デンバー美術館、コロラド州、アメリカ
- MAIIAM Contemporary Art Museum、チェンマイ / 森美術館 /他