チャン・ティントン「The House Was Quiet | ここはかつて静かだった」

チャン・ティントン
「The House Was Quiet | ここはかつて静かだった」

2025.2.1 - 3.8

Upcoming:2/1~

Afterward, a Variety of Halos Descended, Ice-Cold and resplendent | 2024 | ©Ting-Tong Chang
Press Release

会場:nca | nichido contemporary art
会期:2024年2月1(土)~ 2025年3月8日(土)
営業時間:火 – 土 11:00 – 19:00 (日・月・祝 休廊)
オープニングレセプション:2月1日(土)17:00 ~ 19:00  *オープニングに合わせて作家が在廊します。

nca | nichido contemporary art は台湾出身のチャン・ティントンによる個展、「The House Was Quiet ここはかつて静かだった」を開催いたします。チャンは不条理で非理論的な社会や、消費主義の現代社会が与える社会的、生態的影響などあらゆる問題を提議し、ドローイングやパフォーマンス、立体、映像など様々な手法を用いて科学やテクノロジー、歴史など、自身を取り巻く世界を解体、融合させて作品に表します。日本初個展となる本展では、インタラクティブ技術を用いた鑑賞者参加型の最新作映像作品「UZU渦」とモバイルゲーム「She, You and Her(彼女とあなた、そして彼女)」、そしてタペストリーと刺繍のシリーズを一堂に発表します。


「かつて静かだった部屋」に内在するいくつもの声
岩本史緒

韓国・光州で、国立アジアの殿堂近くの芝生に座ってビールを飲みながら、日本統治下の台湾で砂糖工場に勤めていたというチャン・ティントンのおばあさんの話を聞いたのは、世界がコロナ禍に見舞われる少し前、2018年の秋のことだった。その後、顔を合わせる機会に少しずつ聞いた所によると、彼の祖母は日本統治時代に台湾中部の雲林県・虎尾に作られた製糖工場に勤めていたそうだ。しかしチャンがそのことを知ったのは祖母の死後、集まった親戚同士の思い出話を通してであった。チャンが小さい頃、祖母から昔話を聞くことがなかったのは、祖母の世代とチャンの世代で日常的に使う言語が異なっており、台湾語と日本語を話す祖母と、現在の台湾における標準語である台湾華語を話すチャンが直接話をする機会は限られていたためであったからだ。
中国国民党政権による戒厳令が解除されたのはチャンが4歳の時(1987年)、台湾における直接選挙が実現し、国民党による一党独裁体制が終わったのは1996年、チャンが13歳の時だ。台湾の人々にとって「歴史が変わる」ことは、私たちが思う以上に身近なことであり、ひとつの家族の中で、日本の統治を経験した世代、国民党支配や228事件を経験した世代、経済成長下での生活の変化を体験した世代、ひまわり革命を担った世代など、複数の歴史の層がパラレルに存在するのもしごく当たり前のことなのだ。そのような状況の中で、「家」(家族、社会、時代や国家の物語をも想起させる)を語ることには様々な困難と、「語り方」の構築が必要となる。「静かな部屋」*あるいは個人的な体験や記憶からスタートし、それを他者の体験や他者によって生きられた社会や歴史に接続していく作業は、それ自体リアルとバーチャル、あるいは複数の物語を行き来するような行為でもあるだろう。

チャンが作品で扱うテーマは多岐に渡るが、その関心は大きく「技術」と「社会」、そしてその渦中における「人間の生」の在り様に向けられている。一口に技術といっても作品での使い方/現れ方は様々で、身近なものを用いてキネティックなガジェットを作るDIYサイエンス的な用い方もあれば、生物学の知識を用いて展示室内に疑似生態系を生み出す作品や、今回展示されている《UZU》(2023)及び《She, You, and Her》(2022)のように、プログラム技術を用いた作品もある。技術的な側面が視覚的なインパクトを持って現れる場合もあれば、あくまでも作品の構造の部分に埋め込まれている場合もある。
チャンの作品(特に近年の)における特徴は、こうした技術が、個人的な体験と社会的な記憶や国家の歴史といった大きな語りを交差させる手法として意識されている点にあろう。タペストリー作品《Little Hell》(2024-25)シリーズに、チャンが育った時代の台湾カルチャーへの言及と、戦後の台湾の繊維業の発展とそれによる台湾の産業構造、人々の生活の変化を重ねて見ることができるように**。
《UZU》や《She, You, and Her》も同様に、チャンが育った時代を映す「エロゲー」文化や美少女系、学園ものといったノベルゲームを背景にしている。ただしこれらにおける技術の扱いは、個人的な語りを社会的なもの時代的なものに接続していくというよりも、物語を語る「語り手」の構造そのものに対するチャンの関心につながっている。通常のノベルゲームは、物語に分岐点を設け、プレイヤーの選択によってその後の展開が変わるという構造になっている。あらかじめセットされた複数のエンディングのいずれかに向かって、プレイヤーは物語を進めていく。《She, You, and Her》はこの物語の展開に、プレイヤー以外の意志(あるいはバグ)を介在させることで、物語を進める主体は誰かという問いを浮かび上がらせることを試みるものであり、《UZU》はゲーム自体のイレギュラーな動きに加えプレイヤーを複数化することで、物語を進める主体を曖昧化する試みであると考えられる。もちろん、いかなるイレギュラーな動きもあらかじめプログラムされたものであると言うこともできるが、重要なのは、ゲームの進行の過程で、鑑賞者/プレイヤー自身が、選択を選び、物語を操作していたはずの自身の主体性や立ち位置を疑い始めるという点にある。それを、テクノロジーに人間が操作されるディストピア的な近未来感と捉えるか、操り操られることの交換を、主体の幻想や人間中心的な世界認識、あるいは人々が共有する(とされる)大きな物語からの解放と他者の視点や思考に自らを開くことへの契機と捉えるかは鑑賞者/プレイヤー次第であろう。
一見キッチュでカラフルな表象や、ノベルゲームといった慣れ親しんだ設えを通して鑑賞者を作品世界に招き入れ、安全で代わり映えのしないように見える「静かな部屋」で耳をすまし、部屋を満たし微細なノイズへの回路を開くこと。複数の時代や空間を交差させるツールとして技術を用い、技術が可能とする視点や体験を模索すること。チャンの試みに満ちたこの部屋で、私たちは何を見、何を聞くことになるのだろうか。

* 本展のタイトルは詩人ウォレス・スティーブンズの詩「The House Was Quiet and the World Was Calm」から採られている。一読すると、ある夏の日の静寂を描いたように読めるこの詩も、それが戦後すぐの時期に書かれたことを考えると様々な解釈を呼び起こす。

** 台湾で繊維業が発達するのは1950年代のことで、この時期から徐々に農業から製造業への転換、農村からの人々の移動および農業従事者の工場労働者化が進んだ。元々原材料を輸入に頼っていた台湾では、早くから化学繊維の製造技術が発展し、チャンが本作で合成繊維を使用しているのも、そうした背景を踏まえている。紡織製品は1960年代以降、台湾の輸出品第一位を占め、台湾の経済成長をけん引すると共に人々の生活スタイルを変えた。台湾のイメージとして我々が思い描く、カラフルなプラスチック製品が並ぶ問屋街の光景も、こうした背景から生まれたものである。また戦後の繊維産業を支えたアメリカからの援助は、台湾とアメリカの経済的なつながりも強めることとなった。やがて1980年代以降、安価な労働力に支えられた繊維産業から電子産業への転換が進み、産業が縮小すると多くの工場が閉鎖され失業者を生んだ。この時代の台湾の繊維産業の移り変わりをテーマにした作家にはチェン・ジエレンやホァン・ポージィがいる。


Ting-Tong Chang (チャン・ティントン)
1982年台湾生まれ。 現在台北(台湾)とサンティアゴ・デ・コンポステーラ(スペイン)を拠点に活動
2011年 ロンドン大学ゴールドスミス校(美術学修士)修了
2005年国立政治大学卒業
主な個展:There Is Another Captial Beneath the Wave, with Chia Wei Hsu and Hsien Yu Cheng, Hong-Gah Museum, 台北 (2024) / UZU, Taiwan Creative Content Agency(TAICCA), 台北 (2023) / There Is Another Captial Beneath the Wave, with Chia Wei Hsu and Hsien Yu Cheng,
山口情報芸術センター[YCAM], 山口 (2023) / BODO, 台北市立美術館, 台北 (2023) / Remains for Those Remain, Yiri Arts, 台北 (2022) / SOAP, 北師美術館 MoNTUE, 台北 (2021)
近年の主なグループ展:Oodaaq Festival, La Parcheminerier, レンヌ、フランス (2024) / Farout Festival, BASE ミラノ (2024) / Anyang Public Art Project, APAP7, 韓国安養市 (2023) / Imagination, gallery common 東京 (2023) / Telling A Story With You Part 2, 台北市美術館, 台北 (2023) / Festival AVIFF 2023, Variétés cinema, マルセイユ (2023) / Festival Proyector, White Lab, マドリード (2023) / Verbo Monstra de Porformance Arte, Galleria Vermelho, サンパウロ (2023) / PERFORMING TIME - In Vivo/Ex Situ/In Situ, NULL (U+2205), リスボン (2023) / I Am Another You, You Are Another Me, ArtIstanbul Feshane, イスタンブール (2023) / Time Flies Over Us But Leaves Its Shadow Behind, トーキョーアーツアンドスペースTOKAS本郷 (2023)
Jeju Biennale, Jeju Museum of Art, 済州 (2022) / Storyteller, nca | nichido contemporary art, 東京 (2022) / Time Flies Over Us But Leaves Its Shadow Behind, Power Station of Art (PSA), 上海 (2022) / Adaptor, MoCA Taipei, 台北 (2022 ) / Bucharest International Dance Film Festival, Cinema Elvire Popesco, ルーマニア (2022) / Busan International Video Art Festival, 釜山 (2022) / PERFORMING TIME - In Vivo/Ex Situ/In Situ, Flora Chang DTLA ロサンゼルス (2022) / Green Routes, CADAN Yurakucho, 東京 (2021) / Future Media Festival, Taiwan Contemporary Culture Lab (C-LAB) 台北 (2021)

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